聖者など存在しないのが現実

聖者など存在しないのが現実



どんなに立派な地位や名誉や人格を持っていても、人間である以上「性欲」は切っても切り離せない関係なのだ。聖徳太子もフランシスコ・ザビエルも内面にはいやらしい部分を隠し持っていたに違いない。当時にエロ本や風俗があったかどうかはしらないが、性欲のない人間など存在しないのだ。そうでなければ我々人間は子孫を繁栄することができないではないか。なにがいいたいのかというと、風俗に行く男を非難する女性がいるが、頭ごなしにいってはいけないのではないか、というごく普通の意見だ。



確かに性欲という物は、全面的に表ざたにしてはいけない感情なのかもしれない。それは確かな事だとした上で男性の性欲処理の生理的現象をもっと理解するべきだと私は思うのだ。仮にパートナーがいない男性なら分かる、だがパートナーがいる男性も風俗に通っているものはたくさんいるではないか!という意見が聞こえてそうなので、補足すると男性はただ射精を繰り返すことだけが性処理に繋がるわけではないのだ。この考えは次の項目で説明するが、もっとも女性との意見が食い違う部分でもあるので良く聞いてほしいと思う